
京都ならではの特別な体験
京都に観光に行き、レンタル着物を着て古の都を練り歩きたいと答える人も多いでしょう。
また京都美翔苑による花嫁和装の前撮りも非常に人気を博しております。
浴衣を着て京都の川床で食事をしたり、着物を着て御茶屋遊びをしたり、
呉服姿で京都の世界遺産の前でポーズをとり記念撮影したり、
結婚式の時に白無垢を着るのも非常に素敵なことです。
京都の町並みは古き良きものが沢山残っています。
現代的な中にも古都を感じさせる作りを忘れていません。
ですから、着物で街角に立つ様子も大変よく似合うのです。
また時々すれ違う舞妓さんや地元の方の素敵な着物の着こなしが映えます。
若い人でも最近は呉服をレンタルし、着用する姿を頻繁に見るようになりました。
有名百貨店も昔は呉服商だった?呉服商の歴史と今
呉服商は、主に和服の販売に関わる商業事業者で、江戸時代に規模が拡大し
その後明治時代以降、今に続く百貨店の発達の基礎を築いています。
時代劇でよく越後屋の名前が出てきますが、こちらも呉服商なので
悪いイメージも少なからずあるはかもしれませんが、それはドラマの中の話です。
逆に当時は富裕層だけだった呉服を、ひろく一般庶民にしたのも越後屋です。

そんな呉服商の中の一つである三越は、1904年12月に経営者であった日比扇助の主導の下
「米国に行はるるデパートメント・スト-アの一部を実現致すべく候」などと記した
デパートメントストア宣言を関係各方面に発表し、それまでの座売りから
陳列販売方式への転換を踏み出すのです。
これが日本初の百貨店と言われています。
この三越の転換移行、松坂屋、白木屋、松屋、大阪を拠点としていた高島屋、
十合、大丸などの有力呉服店も、1910年代にかけて業態転換へと踏み切っていったのです。
このように、江戸時代から続く呉服商は、形を変えて現代まで続いているのです。
着物はいつの時代も欠かせない
アンティークの着物がブームとなったのもその要因かもしれませんが、
着物への思いを掻き立てるではありませんか。
京都ほど着物の似合う街はないかもしれません。
それほどまでに京都の風景は着物に合うのです。
また、京都は着物に優しい街でもあります。
着物を着用しているとサービスを受けられたり、
着物を着ると特典があるようなときがあります。

着物に縁がある街ならではの取り組みといえます。
こうしたことが着物を京都の人にとって身近なものにしているのではないでしょうか。
若い人にも着物が身近なものになったようです。
しかし呉服を借りる際に、マナーをしっかり守り、気持ちよく観光したいものです。
十代や二十代の女性は、普段着物を着る機会がなく、
なかなか着用した際の所作やマナーを知らないものです。
座敷で食事をする際に膝にハンカチやナフキンを敷かずに食事するので、
借りた呉服に食べこぼしをしたりするのです。
また普段洋服で歩く感覚で大股で歩いてしまって、着崩れたり、
裾に足が引っかかって転倒し呉服を汚してしまったりするのです。
ですから、着物レンタルには保険に入っている場合も多いものです。
そのため補償は問題ありませんが、貴重で高価な呉服を汚してしまっては、
その呉服は二度と誰も着られなくなってしまうのです。
ですから、着物レンタルには保険に入っている場合も多いものです。
貸し衣装と言えども、中にはアンティークの貴重な呉服も含まれているので、
後に着る人のことも考慮して、丁重に扱うことが大事なのです。
せっかく着物という素敵な装いをしているのですから、振る舞いやマナーも
着物によく似合う、エレガントで奥ゆかしいものにしたいですね。
着物は女性らしく見せてくれるもの。
だからこそ、美しい所作や立ち居振る舞いが引き立つのです。
それが、さらりと自然にできる女性って素敵ですよね。
このようなことは知っていて、できて損はありません。
だからこそ身につけていたいものです。